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漣會の歴史

2009年09月03日 21:05

漣會の歴史シリーズ 

第2話 始動

平成18年2月上旬
☆会員数の増加
平成18年2月上旬付会員数は20名突破!
徐々に、口コミで話題となり・・・、
会員は全て、市役所職員で構成される。

平成18年2月下旬
☆「漣」初代半纏案の作成はじまる
初代半纏の図案等を、静岡県浜松市:凧人様に協力願いする。

平成18年3月上旬
☆第1次半纏図案の完成
凧人様より図案送付される。
第1次半纏図案
 黒染半纏行書体白色文字「漣」
 赤単札文字白色「囃子」
で第1次図半纏案完成する。

平成18年3月下旬
☆第2次半纏図案の完成
第2次半纏図案
 縞薄紺 特大丸中漣文字(背部)
 白色文字囃子漣(襟部)
 字体:吉相体
で第2次半纏図案完成する。

平成18年3月下旬
☆半纏図案の決定
検討会議により、当會半纏は縞薄紺に特大丸中漣文字に決定。

いよいよ、団体オリジナル半纏も完成し・・・・。
徐々に軌道に乗って行くことに。。。。。!!

次回 第3話 合同練習開始 につづく。
お楽しみに・・・・・。

五所川原囃子方 漣會



漣會の歴史 

2009年09月03日 20:53

漣會の歴史シリーズ

第1話 発足

平成16年9月吉日
☆囃子グループ発足についての検討会開催
山谷祥文氏、工藤義人氏2名にて開催される。
当時の所属は「五所川原囃子保存会:平山幸保会長」であり、
2人は事務局を5年間歴任する。
当時の五所川原市役所には囃子団体が存在しない為、団体を結成し
祭りを盛り上げましょう!!と言うコンセプトの基、話は進行する。

平成17年2月上旬
☆脱退
山谷祥文、「五所川原囃子保存会脱退」。
工藤義人、「同団体」脱退。

平成17年10月上旬
☆正式発足
発起人:山谷祥文氏
五所川原市内某居酒屋にて結束式開催される。
会員数15名で発足する。(全市役所職員)

平成17年11月上旬
☆会員募集開始(市役所内)
会員募集はチラシ等は使用せず、すべて口コミで行われる。

平成17年12月上旬
☆団体名の決定会議により満場一致にて団体名が「漣」(れん)に決定!
「漣」とは??阿波踊り、盆踊り等での団体名によく使用される
○○連をもじり、サンズイを付け「漣」(れん)と決定!
当時は、五所川原會、津軽會、代表者名の組名等いろいろ
意見が出された。

平成18年1月中旬
☆代表者選任(当時は部長)
満場一致にて初代部長は山谷祥文氏が選任される。
他、副会長に工藤義人氏 会計幹事に奈良卓哉氏が選任される。

漣會の歴史 第2話 始動 をお楽しみに・・・・。

五所川原囃子方 漣會 












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